普段の仕事や日常生活において、人間は脳で記憶を情報処理しています。
人間の脳には「ワーキングメモリ」と呼ばれる脳機能があり、普段の仕事や生活を支えてくれている重要なものです。
この記事では、ワーキングメモリの特徴と役割、そのトレーニング方法について解説します。
ワーキングメモリとは
ワーキングメモリとは、短い時間に心の中で情報を保持し、同時に処理する能力のことです。
記憶といえば楽しかった思い出などを長く覚えておくという印象が強いですが、ワーキングメモリは、日々の活動を行う上で欠かせないものです。※1
まずはじめにワーキングメモリの特徴とその処理方法について解説します。
ワーキングメモリ|日常の作業にも脳は記憶を利用している
仕事や勉強などで暗記したものは脳の中に記憶されます。
これは「長期記憶」と言われます。
長期記憶で覚えた記憶は脳の中に保存され、更新や削除はされません。※2
一方、ワーキングメモリは記憶したものを一時的に保持し、必要がなくなればその記憶が削除されます。
例えば、友人の自宅を訪ねる時、その住所を記憶しつつ自宅を探し、到着すればその記憶は不要となりワーキングメモリから消されます。※3
※2 鈴木麻希、藤井俊勝.記憶の分類(2013)
※3 LD.school.An Introduction to Working Memory
ワーキングメモリの特徴と重要な脳領域
ワーキングメモリで記憶できる情報の量(容量)は、長期記憶よりも非常に少ないことが明らかとなっています。
例えば、幼かった頃の思い出や道具の使い方など覚え続ける必要がある情報が「長期記憶」として保存される一方で、ワーキングメモリはその時に必要な情報が短期的に少量記憶されます。
ちなみに、一度に記憶できる要素は、最大7±2個くらいだと言われています。
もし7個以上の要素を覚える必要がある場合は、数個の要素を一塊として記憶すると覚えやすくなります。
例えば、「4711324」という7桁の数字を記憶する場合、「471」という数字の塊と「1324」という数字の塊で考えると覚えやすいです。※4
また、ワーキングメモリの容量は年齢とともに変化します。
その容量の大きさのピークは青年期に訪れ、その後低下していきます。※5
ワーキングメモリの研究は脳科学の分野で盛んにおこなわており、頭の前方にある前頭前野がワーキングメモリに重要であることがわかっています。※5、※6
※4 American Psychological Association.A workout for working memory
※5 Scientific American.Working Memory: How You Keep Things “In Mind” Over the Short Term
※6 渡邊正孝.前頭前野(2012)
ワーキングメモリは仕事や普段の生活で使われる
では、私たちの脳はどのようにワーキングメモリを使っているのでしょうか?
実際には、無意識のうちにワーキングメモリが活用されており、気づくことはほとんどないと思います。
ここからは、ワーキングメモリが仕事や普段の生活で使われている具体例をご紹介します。
仕事でのワーキングメモリ
一つの仕事を行っている時、同時に別の仕事やスケジュールのことを考えていることはないでしょうか。
例えば、「今行っている仕事をしながら、その日の打ち合わせの開始時間を気にしつつ、他の仕事のスケジュールを考える」ことはないでしょうか。
ワーキングメモリは、ランダムにそのような情報が保持されるのでなく、必要な時に必要なものが想起されます。
このように、ワーキングメモリは複数の仕事を効率よく進めるのに重要です。
ワーキングメモリがうまく働かなければ、別の仕事をしなくてはならなくなった時に「今していることをすっかり忘れてしまう」といったことが起こるでしょう。
日常生活でのワーキングメモリ
ワーキングメモリーは普段の生活においても使われます。
例えば、携帯電話に登録されていない連絡先に電話をかける時、電話番号を一時的に頭の中に保存して電話番号を入力します。
その際、ワーキングメモリは3〜6個の連番を一塊として記憶します。
仮に、ワーキングメモリが適切に機能していなければ、一つ一つの番号を見ながら、一つ一つの番号を入力しなければならず、時間がかかってしまいます。
家事をする場合もワーキングメモリが働いていなければ「料理をしながら掃除をする」など同時に異なる作業をすることができなくなるため、「鍋を焦がしてしまう」、「いつまでたっても掃除が終わらず部屋が片付かない」といった問題が出てきます。
ワーキングメモリが適切に機能しなければ作業効率が低下
ワーキングメモリが適切に機能しなければ、普段の生活や仕事に悪影響が出てしまいます。
ワーキングメモリの機能は年齢と非常に関連しており、加齢とともにワーキングメモリの機能も衰えていきます。
50代のワーキングメモリの能力は、ピーク時と比較して30%も低下してしまうことが報告されています。※7、※8
ワーキングメモリの能力が衰えると、必要な場面で必要な情報を思い出せないことが多くなり、作業効率が低下してしまいます。
これは「スーパーへ買い物に行っても買うべき品物を思い出せない」「昨日の昼食に何を食べたか思い出せない」といったように加齢による物忘れの症状として自覚されることがあります。
※7 高齢者のワーキングメモリとその脳内機構.大阪麻里子
※8 東洋経済.脳機能の低下を防ぐには「手書き」が有効だ「あれなんだっけ」が増えていませんか?
ワーキングメモリを鍛えるためのトレーニング
ワーキングメモリはトレーニングによって、その容量や能力を高めることが可能であると言われています。
そのトレーニングは大きく、「ストラテジートレーニング」と「コアトレーニング」に大別できます。※9
ここでは、これらのトレーニング法について解説していきます。
※9 ワーキングメモリトレーニングと流動性知能 ― 展開と制約―.坪見博之ほか.心理学研究:2019
【トレーニング①】ストラテジートレーニング
ストラテジートレーニングは、ワーキングメモリへの記憶の仕方をトレーニングします。
具体的には、視覚イメージとストーリーを一緒に記憶する訓練を行います。
例えば、記憶する対象である複数の英単語と視覚イメージあるいはストーリーを関連づけたトレーニングを行います。※9
【トレーニング②】コアトレーニング
コアトレーニングは、ワーキングメモリの容量を高めるためのトレーニングです。
代表的なコアトレーニングとして、Nバック課題が挙げられます。※9
Nバック課題は文字が次々と提示され、それらを記憶するトレーニングです。
例えばNが2あるいは3の場合、各々2個前あるいは3個前の文字と同じであったか判断し、その正解率でトレーニングの効果をみます。
このトレーニングを20回繰り返したのち、そのトレーニングの効果を測定します。※9
一日のトレーニング時間は30〜60分ほど要します。
まとめ
ワーキングメモリとそのトレーニングについて解説しました。
ワーキングメモリは情報を一時的に保管し、必要がなくなれば消去されて新しい情報が記憶されます。
ワーキングメモリは私たちの仕事や日常生活を支えてくれている必要不可欠な脳機能です。
加齢によって衰えていきますが、トレーニングによって維持・改善することも可能です。
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